桂雀々のおしゃべりコラム
 上方落語の普及に貢献してきた大功労者である上方落語の四天王(六代目笑福亭松鶴、五代目桂文枝、桂米朝、三代目桂春團治)が、皆さんあちらの世界に行ってしまって、 寂しいかぎりです。 個人的には上方落語の灯が消えたようやと思っております。

 僕は16歳でうちの師匠、桂枝雀に入門しましたので、米朝師匠にとって僕は孫弟子。大師匠である米朝師匠には何かとご迷惑も掛け、いろいろお世話にもなりました。
何回か稽古に通わせて頂いたこともあります。稽古?厳しかったですわ。
緊張の糸がピーンと張って、息するのも気ぃ遣うくらい恐かったです。一番最初に稽古つけて頂いた「一文笛」に「鯉舟」。「稲荷俥」に「景清」、最後は「地獄八景亡者戯」。 今となってはこれらの演目は、僕の一生涯の大事な財産となっています。

 大師匠は、稽古は厳しくても人間味あふれる人で、高座を離れると弟子にも優しかった。お酒が入ると陽気になり、芸談にはじまり多岐にわたる雑談に花を咲かせ、 それを聴きながら随分勉強にもなりました。その時のことを想い出すと何ですか、心がほっこりと温かくなってきます。

米朝師匠は人間国宝ですから、それに近づくなんてことは恐れ多いですが、せめてこの明るさで、僕も天然記念人物と言われるくらい、個性に磨きをかけていければいいですね。
雀々